MTFトランスガイド

埋没MTF当事者が綴る~性転換のヒント

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男として生きてた赤林檎が女として働くまで

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ここは完全に赤林檎の体験談を語る場所で、いわゆる性同一性障害や性別違和と呼ばれている人々が皆そうではないことは念を押しておく。

結論から言うと男として生きてた人間が、気がついたら女をやっていたよっていうそういうくだらない一人の人間の話。特に笑えるところがあるわけでもなく、ただながーいだけの読み物。ただの人生の記録である。それでもよければ、どうぞ。

だいたい、男だった「俺」から女で生活しているんだなって実感を得た「自分」になるまで、5年ぐらいかかっている。おそらく性別違和を持っている界隈全体を見ると遅めな方だと思う。たぶん。

ざっくりいうと

  • トランスをするのはこんなに険しい
  • SRSをするための金を貯めるのは更に難易度が高い
    • 要するに貧困層以外にならなければならない
    • 貧困層以外になるためには殆どのケースでトランスを完遂する必要性があると思われる
  • トランスなんてしなくていいなら、しないほうがいい
  • それでもしなければ生死が危ういぐらいなら、覚悟決めて行ってらっしゃい

小学生~性別に違和感を感じ始めた初期(~20歳)まで

自分がそもそも性別に違和感を感じ始めたのがたぶん、20歳ぐらいのとき。じゃあそれまで何もなかったの?って聞かれるとなかったわけじゃないんだけど、露呈しなかったというのがたぶん一番正しいと思う。

「男らしさ」を求められるシーンが多くなってきて、それで性別違和が暴発した。具体的にどんなシーンでそうなったかと言うと

  1. 学校で同級生がものすごいシモネタ話で盛り上がってたとき
  2. 行事でスーツを着用することを求められたとき
  3. 男性として体が成熟してきて、性欲が暴走しかけたとき

最初はそんなちょっとした日常で「なんか、無理、やってけない」っていう感覚だった。

当時普通に男として生きてたしそれが当たり前だった。
わりと低い声で喋ってたし、髪も、なんならスポーツ刈りにしてたし。顔なんかニキビが酷くて今の自分からしたら正直目も当てられない状態。
男子トイレを使ってたし、上半身裸になってプールで泳ぐことも抵抗なかったし、全裸になる温泉も難なく行ってた。名前も男の名前だったし、xxx君と呼ばれていた。一人称は「俺」だった気がする。

一番嫌だったのが、3つ目の性欲かな。一番「俺」にとって邪魔だった。オナニーをすれば当然のごとく射精するし、その後ものすごい罪悪感とか嫌悪感とかやってしまった感を感じた。

下着は周りの男子がどんどんブリーフパンツからトランクスへ移行していく中、どうしてもトランスのスースーする感がだめでブリーフパンツを履いていた。周りに合わせないとやいのやいの言われるのはわかってても、やっぱり駄目だった。

これ、今考えるとショーツに形が似ているからかも…?とか。わからんけど。特段ショーツを履きたかったわけではないし。ショーツを履くことはヘンタイのすることだと思ってたし、いけないことだと思っていた。

だって、「俺」は、男だったから。

正社員としてIT企業に新入社員で入った「俺」

「俺」は高等専門学校を卒業し、学校のコネでIT企業に男として正社員で入社した。若干なんか嫌だなと思ってた点はあったものの、当然「俺」は、履歴書の性別蘭に男を丸をつけていた。名前はもちろん、男の名前だ。

最初の3ヶ月はスーツで勤務することを強制された。嫌だった。スーツを着ることが。が、しかし仕事なので、当然のごとく男のスーツを着て、男の革靴を履いて男物の腕時計をしていた。髪はまだスポーツ刈りだったきがする。結構声も低かった。

この時期は一番動きが激しいので、書くこともすごく多い。

このあとは正社員になったあとの話である。

女性ホルモンに関して

かる~く書くと、なんかそれっぽいものを性欲を減らしたいから手を出したら、結局性同一性障害の人が使うホルモン療法をやることになった、っていう話。それでよかった。これでよかった。むしろ20歳ぐらいから早くできてよかったと思っている。

女性ホルモンもどきに手を出す

ただ、性欲について、どうしても我慢できなくなってきていた。それをなんとか減らしたい、ついったつぶやいたところ、フォローワーが相談に乗ってくれ、結論からして女性ホルモンを摂ることをおすすめされた。
が、別に「俺」は女になりたかったわけではなく、女だと思っていたわけでもないので、すごく躊躇した。だって、それ、男の「俺」が使うものじゃないし、戻れないみたいだし。

そういうことで躊躇していると、ネットでとある日本で市販されている某社のサプリメントを買うことをおすすめされた。
本来は生来からとして生まれた人が女性が使うもので、女性の健康を促進するために使われるサプリメントだ。しかし、「ニキビもなくなるよ」と言われそれなら…と手を出した。

『自分』の始まりは、すべては、ここからだった。

効き目は1週間ぐらいであった。精液が薄くなって白濁液から、半透明ぐらいまでになった。睾丸に痛みを感じた。

性欲はすこし、減った。
なんか、うれしかった。もっと強く効いてほしくなった。

次は同社から日本で市販されている、某サプリメント。どうなったかまでは思い出せないけど、たしかに強く効いた。

もっと、もっと。

そしていくつかのサプリメントを経て、ついに錠剤型の女性ホルモンまでに手を出した。海外から個人輸入した。

おっぱいが出てくる

なんとか、嫌だったスーツでの仕事期間を抜け、ひと仕事も終えたところで出向が決まった。正社員でありながら実質派遣社員。そこは某大手プリンターメーカー。

その頃には、錠剤の女性ホルモンを使っていたので、胸が少し出てきた。が、顔や見た目は当然のことながらやっぱりまだ男。一人称はなぜか「僕・私・自分・俺」等、混乱した状態だった。しかしここでは、「僕」として扱うことにする。

次第に女性ホルモンの効果で胸が出てきた。胸が出てきたことに関しては、これもやっぱり喜びを感じた気がする。胸のこのコリコリしたのがが乳腺なんだよって教えてもらって。「僕」は、動くと擦れて不快なのでユニクロでワイヤレスブラを買ってきてつけた。
会社で。

今考えると、何やってんだよな…って思う。けど、事実そういう言う行動をした。

どうなったかはまたあとで書く。

女性ホルモン注射をする

この頃からサプリメントを教えてもらったツイッタのフォローワーの人から、産婦人科を紹介してもらい、1アンブル3000円ぐらいで注射してもらっていた。

移行した理由は、毎日錠剤を頻繁に飲むのがめんどくさかったのと、多分もう薬を辞めることはないから長期的に肝臓に負担のかかりにくい方法にしたかったからだ。

女性ホルモンの注射についてはあえてのサイトで書いてこなかったが、この際書くと近くの産婦人科に片っ端から電話で「すみません、一つお伺いしたいのですが。性同一性障害なのですが、女性ホルモンの注射はしていただけますか?」って聞いてみると、案外注射をしてくれるところが見つかったりするものである。

男ではない、と確信を得た「僕」

この頃には

  • 低い声が嫌
  • 女性っぽく髪を伸ばしたい
  • 男性用のものを着たくない(もちろん下着も含む)
  • もっと可愛くなりたい

という気持ちが芽生えた。すなわち、これらの気持ちを帰結すると、どうやら「僕」は「男ではない」ようだ、という結論がでた。
そして、この状態はすなわち性同一性障害にあたるのではないか、と思った。

ただ、ここで重要なのはあくまで「男ではない」と思っただけで、だからといって「女だ」と思っていたわけではない。
ここはこの話を進めていく上でとても重要になる。

だから、正確にはこのときは性同一性障害ではないと言えると思う。でもそのロールに載っていくのがたぶん自分にとって最適解だったと思う。ここを思い返しても後悔はまったくない。

一人称は、本名とは異なる自分でいつも使っている、下の名前、いわゆる通称名を使っていた。もうほとんど女性の名前だが、わんちゃん女性ではない可能性もある。そんな、名前を使っていた。

女装図書館へ行く

別に女装がしたかったわけではないのだが、MTFの人も歓迎ということだったので女装図書館へ行った。そこでメイクの仕方や基本的な女性の服の着方、ウイッグを売っている場所等を教えてもらった。
以降、それをベースに自分なりにカスタマイズし自分なりに可愛いと思う、格好で生活するようになる。

が、スカートはあまりなれず、履くことは少なかった。今でもパンツスタイルのほうが多いしスカートの出番はここぞ!というときしかない。

会社で男の格好を強制されるようになる

結局ブラを付けているということが上司にバレたらしく、その結果おう、頑張ってるか!と背中を叩かれてブラの存在有無をチェックされた。そしてそれが会社中に広まってあとはもう悲惨な状態に。
たとえば

  • 髪を切れ
  • 服務規程に沿え(男の格好をしろ)

ということを仕事をしていると突如内線がかかってきて会議室に呼び出され、パワハラスレスレの言葉で投げかけてきた。今でも許してない。
会社に性同一性障害(当時未診断)であるということを伝えても「我が社は対応ができない、会社の指示に従わないならば懲役解雇する」旨の警告書を突き渡され何も変わらなかった。変えられなかった。

今思うとたしかにそうなのだが。なぜならまだ性別移行が全く終わっていない状態でいわゆる「ワタシハオンナダー」をやってしまっていたので、認められるわけがなかった。性別移行が終わった今、もしこれをやる社員がいたら、悪いことは言わないからもう少し上手にやれって言えると思う。たぶん。
AがだめならBをやろう。もう少し柔軟になろうよって。

ジェンダークリニックで性同一性障害と診断される

いっその事、ホルモン注射をするならちゃんとしたところでやりたいという気持ちと、男ではないという確信を持っていたので、このまま進むならどのみち言っておいたほうがいいだろうということでジェンダークリニック(以降精神科と呼ぶ)に通い始めた。精神科で今丁度書いているような自分史を書き、このサイトで解説した性同一性障害の診断の流れで、自分は性同一性障害と診断された。

そして以降精神科でホルモン療法を受けることになる。

うつ病を発症する

会社で男の格好を強制されたり会社によるパワハラスレスレの対応で自分はうつ病になった。
具体的な症状としては、

  • 30kgぐらいの重りが体の上に乗っかっているかのように布団から起きれない
  • 食事・自炊・入浴等が全くできない(そもそも布団から起きれないため)
  • 死にたい・自殺したい・刃物で体を刺したい

だった。わりとひどい。
以降、うつ病の緩和と性別移行を同時に進めながら生活することになる。

うつ病は寛解はしても、完治しないと言われている。実際今も寛解はしたと思うが月に1回服薬をずっと続けている。

うつ病に対する処方薬一覧と使い方の説明

参考までに、現在処方されている精神科の薬一覧を置いておく。

  • サインバルタ(抗うつ薬)
  • リフレックス(抗うつ薬)
  • エビリファイ(液剤、抗うつ薬として使用)
  • レンドルミン(睡眠薬)
  • ブロチゾラム(睡眠薬)

薬の使い方の説明をする。が、これはあくまで自分に処方された処方薬であり、万人に通じるものではないことは念の為書いておく。

レンドルミンはあえて0.5錠にして、不足した入眠まで時間と長さを超短時間型であるブロチゾラムで整えている。ブロチゾラムは2mg錠と1mg錠があるので両方処方してもらうと、0mg~3mgの間で薬の量を調整できる。実体験として4時間~8時間ぐらいの間で調節できるようになった。

サインバルタとリフレックスはカルフォニアロケットとも呼ばれる組み合わせで、うつ病の治療に使われる。自分にはこれがベースの薬だと感じる。
またエビリファイは目覚めたらすぐに服用し効いてくるまで布団で待つ。効いてくるまで30分~1時間ぐらいは見ておいたほうがいいだろう。効いてくると体の怠さや力の入らなさが抜け、起床できるようになる。

エビリファイを毎日服用するというコンボを見つけるまでに、かなり時間がかかった。仕事が忙しくなって帰りが遅くなるとだいたいのパターンとして体の怠さや力の入らなさがより強くなり、次の日仕事に行けなくなる。エビリファイはそれに対抗してくれる、とても力強い味方。

うつ病で働けない間の生活資金

うつ病を発症したあと会社で勤務することができなくなり休職をし、傷病手当金をもらいながら生活をしていた。傷病手当金とは会社の健康保険に加入していると病気で働けなくなった場合、月給の2/3を受け取る事ができる制度だ。また生活保護も利用していた。

これらの資金があったため、ゆっくりうつ病の治療をすることができた。このうつ病の治療の間に性別移行をだいぶ進めていたと思う。

決してうつ病になってよかったとは思わないが、不幸中の幸いとしてこうして社会からドロップ・アウトしつつかつ安全に生活できて性別移行を進められたのは良かったと思っている。
うつ病になったおかげで毎日服薬しなきゃいけないし、体はうまく動かないし、いう事聞かせるために服薬をずっと続けなきゃいけないけど、でも、よかった(ということにしておく)。

またこの間に戸籍の名前も、女性っぽいいつも使っている通称名が正式な名前に変わった。

一人暮らしもし、人間関係もすべてリセットされた。故にカムアウトはかなり少なかったと思う。必要最低限に収めていた。

女性として社会に関わり始める

就労移行継続支援B型に通う

傷病手当金は1.5年間貰えるので貰えるだけ全部もらってその間ずっと寝てた。いわゆる引きこもり状態だった。その状態でうつ病が良くなっていくことはなかった。
これではまずい、と改善する方法を役所で相談した。その結果、うつ病を理由に精神障害者として社会に関わることに決めた。具体的には精神障害者のための訓練施設である、就労移行継続支援B型(以降作業所)というのを紹介してもらった。何をするか簡単に説明すると時給(作業所では工賃と呼ぶ)約250円で簡単な作業をしながら(働きながら)生活上の相談をする。

ここで初めて社会に女性として関わりだすことになる。

まだ、精神的にぼろぼろでだし正直見た目が気持ち悪かったであろう自分を女性として迎え入れてくれた作業所に、感謝。

なんだかんだあって

作業所から次にいたるまでの経過はずっと生活していただけだからすっ飛ばす。うつ病の症状にずっと悩まされていた。特に語れるような劇的な変化はなかった。でもその間にずっと性別移行に関する試行錯誤はしていた。だから、きっと自然な形の自分に変わっていけたのだと思う。

時給2000円でSEのアルバイトをする

よくわからないけど、そんなオファーがかかって、完全に埋没して女性として働くことが決まった。ただし、仕事場のメンバー全員にはカムアウトすることになった。結局2ヶ月でやめてしまうことになったのだけど、これはあくまで性別が問題になったわけではなくて、うつ病が暴走して休みすぎてしまったからだと思う。
ずっと作業所でしか社会とか変わりがなかったのでいい経験になった。これをきっかけに本格的に働きだすことになる。

色んな仕事をしながら食いつなぐ

  • SEの短期アルバイト
  • 倉庫系の仕事
  • 試験官
  • 百貨店の店員
  • データ入力の業務

等色んな仕事を派遣でやりつつ、現在はメインとして飲食店の仕事をしながら食いつついないでいる。
しかしこのままでの収入ではSRSができない!!ということで食いつなぐだけではなく、もっと金銭的に余裕を持ってかつ継続的に仕事をできる方法を模索中。

一番近道なのは正社員なんだけど道は険しく、なれたとしても正社員の時間で働けるかどうか現状では怪しい…

将来的に

アルバイトを通して継続的に働けるという自信と女性としての社会経験を積んで、SRSできるように金を貯められる仕事に就きたい。

  • この記事を書いた人

赤林檎

20代MTFです。将来的にタイで性別適合手術を受けたいと思っています。自分の性別移行をした経験を生かして性別移行をするためのノウハウを書いています。

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